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保津川下り→京都嵐山

保津川下りから京都嵐山

2023/11/25~26 


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去年の同じ時期、保津川下りから京都嵐山を日帰り観光し、とてもよかったので今回は一泊で行ってきました。11月25日の朝9時に亀岡から保津川下りの船で京都の嵐山に行く。そこにある「ホテルらんざん」を拠点にし嵐山やその周辺をゆっくり観光しようという計画だ。



以下は亀岡から嵐山への保津川下り
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今年、大きな事故があったから少し慎重になっている感じ。ライフジャケットもしっかりしたものに変更されていた。以前のは腰に着ける棒みたいなやつで「ほんとにこんなので役に立つの?」といった印象だったが。

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本当にこの川下りは船頭さんがしっかりしていないと確実に事故を起こす難コースだろう。だからこそ面白いのだけど。今年の事故でどうなる事かと少し心配したが、元気に存続されているようで、お客さんもたくさんいてよかった。急流の川下りではまれに事故が発生する。天竜川でも2011年、5人が死亡する事故があった。でも危険だからやめよう、という方向は困る。何事も100%の安全はない。リスクを納得したうえで参加しよう。もちろん主催者側の安全に対する取り組みは重要だ。しかし物事には「限度」があり、徹底すればよいというものでもない。安全をおろそかにすれば怖がられて客が減る。安全を追求しすぎるとつまらなくなり客が減る。適度な安全性とは客の数が最大になるポイントより少し安全サイドだ。

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船頭さんは300人くらいいるとか。それが忙しい時期だと三往復するらしい。亀岡を出発して嵐山に着き、そこから走ってJRに乗り亀岡に引返すのだとか。ほんとに重労働ですね。お疲れ様です。

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乗客は25人程度なのだろうけど、日本人は私たちくらいだった。他はシンガポール、上海、台湾、韓国、オーストラリア etc. たぶんできるだけ外国人をまとめて特定の船に配分しているのではないか? 船頭さんも英語能力の高い人は限られているだろうから、そんな対応も必要だろう。しかし船頭さんも英語が堪能な人が必須になりつつある。私の仕事なら自動翻訳が進歩したので外国語能力は必ずしも必須でなくなった感もあるが、アドリブが必要な観光業ではそうもいかない。

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この岸の上を通っているのが観光トロッコ列車の線路だ。紅葉の中を走っていく。私たちも乗りたかったが、一ヶ月前でも予約が取れなかった。直前のキャンセルも狙ってみたがダメだった。すごい人気だ。ちなみに船頭さんが英語でこれを呼ぶときは「ロマンチックトレイン」と呼んでいた。こっちの方が妥当な気がする。一般にイメージするトロッコとは全然違うものだから。

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約18km、2時間弱の長い川下りが終わり、嵐山に着いた。川の流れが無くなり、ゆったりした気分。川岸の人たちにお出迎えしてもらっているみたいだ。嵐山はとても賑わっている。定例の売店船が横付けしてきたので、おでんを買った。¥600。去年より¥100. の値上げか。

嵐山観光の交通手段として「保津川下り」を利用するのも一法だと思う。亀岡なら車で行っても混まない。船で川下りを楽しみながら悠々と嵐山に乗り込める。問題はどうやって嵐山から亀岡に帰るかだ。JR利用が一般的だろうが、トロッコ列車が使えたら一番良いだろう。ただし人ごみで駅にたどり着くのさえ楽ではない。その点、タクシーを呼べば楽だけど¥7000.ほどかかる。いっそ船で保津川を上って帰ってくれたらよいのだが。ウオータージェットかプロペラ船なら可能だろう。逆行もスリルがありそうに思う。「保津川登り」ということで名物になるかもしれない。川下り船にエンジンを積むのは重量が増加して川下りの楽しさが減る。できれば機関船でけん引するのが合理的かもしれない。


以下は今回の観光拠点(ホテルらんざん)DSC_3887.jpg
ホテルらんざんの駐車場入口付近。正面に宝厳院がある。抜群のロケーション。保津川下りの船を下船すると、至近距離にこのホテルがある。11時ごろだったけどチェックイン手続きをし、荷物を預かっていただいた。部屋の準備はまだだからホテルのレストランで昼食をとり、近くを散策したりで時間をつぶし、午後3時前に部屋に入れてもらう。昼食代は¥3500.だった。一般的な感覚より2倍くらい高いかな。内容は京都らしくあっさり目。湯豆腐が定番みたいに付いている。私的にはややものたりないかも。

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ここは別世界の感がある。周辺は観光客であふれているが、ここに逃げ込むと静かでゆったりした時間が流れている。レストランは一般開放だが、門構えが立派で庭の奥にあるレストランは、価格も高めだから一般観光客は入りづらいのかもしれない。どこのお店も行列ができていたが、ここはすんなり入れる。

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このホテルはなんだか由緒のある場所にあるらしい。昔、この場所に山中さんという人の家があった。その人が明治天皇を招いた、という事みたいだ。

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このホテルは高級ではない。部屋も広いとは言えないしバス、トイレ等もビジネスホテルより少し良い、というレベル。設備も古い。水道蛇口のレバー操作が現在と逆だから1995年ごろ、またはそれ以前のものだろう。今時、古いタイプの蛇口は少なくなった。しかし周囲の喧騒から切り離された静寂空間、窓の外は絶景の紅葉、借景で宝厳院や嵐山、という環境は素晴らしい。更に嵐山周辺の観光拠点としてのロケーションが抜群。ホテルのスタッフも親切だ。去年は泊りで行ったわけでもなかったのに、いろいろと親切にして頂いた。

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紅葉見物だけなら何もわざわざ外を見て回らなくても、このホテルの部屋からの景観で十分というかベストかもしれない。

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窓ガラス越しだと鮮度が落ちるから、窓を開けて直接撮影。色が緑から黄、赤にグラデーションする「いろはもみじ」は本当にきれいだ。京都の嵐山は紅葉のランキングで関東の「いろは坂」を抑えて日本一と評価されたとのこと。誰のランキングか知らん。こんなのは主観だから気にするほどの事ではない。

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ホテルらんざん前の夜景。正面にライトアップされた嵐山がある。しかし夜景の写真は三脚が無いとブレてしまい難しい。私は手持ち撮影だから、まともなのは少ない。このライトアップされた嵐山はライトのスペクトルが悪いせいか、赤の発色が悪くあまりきれいではない。たぶん安い高効率放電灯なのだろう。そこそこの高演色LEDライトに変えるか赤色LEDライトを加えてカクテル照明にすれば赤の発色は良くなると思う。もっと積極的に季節の色を強調発色する照明が夜の嵐山の価値を上げるだろう。



以下は天龍寺周辺
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和服の人も目立つ。なんでも近辺の貸衣装屋さんで着付けまでしてくれて一日使えるらしい。しかもリーズナブルプライスで。京都らしくていいね。この飼い主も昔は「和服は身体のラインが出なくてつまらない」「布は少ない方がよい」とか言っていたが、最近は和服も少し評価が高くなってきている。

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この辺りは色々な寺院、観光地が密集している。とても居心地の良い場所だ。



以下は竹林の小径
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竹林の小径(ちくりんのこみち)。パンフなどでは静かで寂しい雰囲気をイメージしていたが、実際は人であふれていた。それが嫌なら早朝など時間帯を選んだほうがよい。この道は24時間オープンだ。しかし嵯峨野といえば妖怪変化の本場。夜中に出歩くのだけはやめておこう。900歳の新妻がオイデオイデしているよ

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歩いていても、聞こえてくる会話は日本語ではないことが多い。去年来たときはそこまで思わなかったが、今年はなんだか外国にでも来たような気分だ。たぶん観光客は日本人より外国人の方が多いんではないか? 京都嵐山は外国人にも人気があるんだろう。日本の良さを認めてもらえるのは嬉しいことだ。最近は観光地としての日本の評価が急上昇中。まあ円安の影響が大きいから喜んでいる場合じゃないんだけど。


以下では天龍寺の中庭を散策
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天龍寺は「古都京都の文化財」のひとつとして世界遺産に登録されているそうだ。確かに広大な寺院だし見どころも多い。でも私的にはこじんまりした宝厳院の方が紅葉が綺麗に思った。

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以下は天龍寺のウェブサイトより引用。天龍寺は足利尊氏を開基とし、夢窓疎石を開山として開かれた。その目的は後醍醐天皇の菩提を弔うため暦応2年(1339)に創建された。造営に際して尊氏や光厳上皇が荘園を寄進したが、なお造営費用には足りず、直義は夢窓と相談の上、元冦以来途絶えていた元との貿易を再開することとし、その利益を造営費用に充てることを計画した。これが「天龍寺船」の始まり。造営費の捻出に成功した天龍寺は康永4年(1345)に落慶した。南禅寺を五山の上として天龍寺を五山の第一位に、この位置づけは以後長く続いた。

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広い池が有り、鯉もいた。亀は見当たらない。この近辺の地名には亀が付くことが多いのに 猫もいない。猫は必須だとおもうぞー タヌキだって ウサギだって オレもわすれるなー

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綺麗だけど、よくある景色。あまり広い空間は私的には落ち着かない。箱庭がいい!

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天龍寺はとにかく大きな寺院だった。でも昔はもっと広かったらしい。嵐山、渡月橋、亀山公園などもかつては境内地であったとのこと。



以下は宝厳院を外から見たところ
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宝厳院を外から見た一場面。北側になる。宝厳院も、先の天龍寺のグループ寺院になるそうだ。

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宝厳院入り口付近。一年前に入ったので、今回は入らなかった。その代わりライトアップされた夜に行ってみようと思っていた。しかし8時過ぎに行ってみると、もう閉まっていた。オープンは8:30までらしい。嵐山の夜は早い。かやぶき屋根は風情があっていいな。でも施工、メンテが大変だから自宅に採用するのは経済的にも難しい。しかし私が子供のころはかやぶき屋根の家はさほど珍しくもなく、どちらかといえばビンボーなイメージだった。時代は移ろい価値観も変わる。かやぶきから瓦に、でも地震に弱かったのでスレート、ガルバリウムへ。ガルバリウム(亜鉛メッキ鋼板)なんて私の昔のイメージでは波板トタン屋根であり、雨音がうるさくてすぐに錆が出て台風で飛ばされるなどビンボー臭さの極みだったが、技術の向上で耐久性も外観も非常によくなり、現在では主流になりつつある。

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夜の法厳院周辺。なんだか妖怪変化さんが出そう。そういえば左で赤い棒ライトを持っている人? 妖怪? 白く丸い頭に大きく開いた不気味な口 - - -  出た - - - !


以下は渡月橋を近くで見たところ
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午前なので、まだ比較的すいている。混む時間帯になると、渡るのに一時間前後かかるらしい。橋脚と橋げたは鉄筋コンクリート製。手すりと橋脚の斜め補強材は木製に見える。全体的には木造の橋っぽく見えるようにデザインされている。左に並んでいる橋脚っぽいものは何だろう。洪水時の流木等から橋を守る仕掛けかな?

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夜の渡月橋。PM8時頃だけど昼間の喧騒が信じられない寂しさ。嵐山は夜が早い。


以下は観光の屋形船
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観光屋形船の乗り場周辺。この水路のもう少し奥で保津川下りの船をクレーンで釣りあげ、トラックに載せていた。一台の4トントラックに3台の船を載せ、亀岡の始点までもどす。約18kmの船旅だったけど陸路は何キロメートルかな?



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ボートは2000円で借りれる。でもそこそこの操船能力が無いと怖い気がする。でも皆さん、平気で乗っているけど。私たちは腕に自信がないし、しんどそうだから一人¥1500出して船頭さんのいる屋形船に乗ることにした。


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ボートであふれている。接触しそうになることも多々ある。船頭さんも大変だ。


以下は渡月橋南側
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この店でソフトクリームを食べた。寒い中、外の席にすわって - - - 。¥300. 比較的安い。モンキーセンターというのが有って行こうとしたが、山頂までかなり歩かなくてはならないとの事でやめにした。元々おさるさんはあんまり好きじゃないし、おさるさんなら淡路島のが一番だと思っているから。

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色々な水鳥がたくさんいる。鴨も多い。でもネギをしょった鴨はいなかった。皆さんは鳥さんを眺めて何思ってる? おいしそうだなーと思っている人は10人に一人くらいか? 小さいころ(幼稚園~小学校低学年)近所にかなり年上の狩が得意なおにーさんがいて、その人は魚とりから鳥を捕まえるまで何でも得意だった。一度、山鳥(山鳩?)を食べさせてもらったけど、それは本当においしかった。それ以来、野生の鳥は「おいしそう」になってしまった。

そのおにーさんは確か「キヨシ」さんだったと思う。なぜかかわいがってもらい、よく魚釣りなどに同行させてもらった。その人は狩り以外にも大工仕事や色々な工作が得意だった。スキーも自分で作っていた。鳥を採る仕掛けや魚とりの道具も全て自作。しかしその人は中学校を卒業すると「大工になる」と言って故郷を後にした。それっきりお会いしたことはない。











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